私の生い立ちまとめ

road 資産形成

自己紹介代わりに私のこれまでの生い立ちを時系列にまとめました。暇つぶしに読んでください。

Dr.ひろの自分年表
  • 誕生
    某地方都市に生まれる

    人口5万人程の小さな地方都市に5人家族・3兄弟の次男として生まれました。
    両親のスペックは以下の通りです。

    父親:農業高校卒業。市役所職員。
    母親:中学卒業後に准看護学校卒業。准看護師。

    子供時代は写真のような小さな長屋に住んでいました。田舎では大きな持ち家に住んでる人が普通なのでかなりコンプレックスでした。

  • 小学生
    クラスのガキ大将として活躍

    小学校ではクラスのガキ大将でした。友人は多かったのですが少々乱暴なところもあったと思います。その反面、科学技術に非常に興味を持っており読書好きな子供でした。1日50円のお小遣いでお菓子を買わずに貯金して「学研まんが 秘密シリーズ」等を買っていました。同じ本を何度も何度も読んで様々な知識を吸収していました。勉強はできました。特に数学が好きで小学生のうちに初歩の微分積分はやってました。またパソコンが好きで小学生の時からプログラミングを独学でやってました。

  • 中学生
    学年トップの常連に

    中学に入ると将来のことを考えるようになりました。キャラ的には真面目な優等生ではないのですが、高校はどうしても地元のトップ校に行きたかったので提出物などを真面目に出したり生徒会活動に参加したりしていました。全て内申点のためでした。

  • 高校生
    地元で一番の進学校に無事進学

    念願かなって地元で一番の進学校に通うようになりました。ただ、このあたりでいわゆる受験勉強よりも他のことに関心が向いてしまったのと、高校受験で疲れちゃったというのがあって学校の勉強をしないどころか学校そのものに行かないような生徒になってしまいました。

  • 大学生その1
    理工学部へ進学

    学校に行かなくなったとはいえ、バリバリの進学校でしたので東京の大学の理工学部に合格しました。もともと子供の頃からソフトウェア開発が好きだったので情報系の学部に入り、ソフトウェア開発を請け負ったりして過ごしていました。大学生活は地味でした。大人しい性格なので・・・

  • 大学生その2
    医学部へ再入学

    ひょんなことから機械を相手にする人生よりも人間を相手にする人生を送りたいと思い医学部を受験することに。とはいっても実家は貧乏ですので地方の国立大学医学部へ合格し進学。現在に至ります。

こんな感じなのですが、振り返ってみると人生の大きな分岐点が2つあったと思います。ひとつは県下一番の進学校に進んだこと。もうひとつは医学部へ再入学したことです。

県下一番の進学校に進んだことは2つのメリットをもたらしました。まず、「レベルの高い友人達を見て世の中には優秀な人が沢山いる」と知ったこと、次に「必要とあらばいつでも自力で学ぶだけの基礎学力を身に着けたこと」です。これは医学部への再入学時にも大いに役に立ちました。

昨今では「親ガチャ」などど自分の不遇を生まれのせいにする風潮がありますが、私は自分の経験から日本はまだまだ本人が望めばいくらでも這い上がれる平等な社会だと思っています。AO入試等よりも学力による試験の方が貧しい家庭の子供にはチャンスが与えられるのではないでしょうか?「受験勉強=悪」のような価値観を刷り込まれて結局は特殊な経験や社会的背景が評価されやすいAO入試を礼賛してしまうのは自らの手で自らの頭上にガラスの天井を備え付けてしまっているような感じがします。

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